二本の木2006年04月04日 01時34分03秒

結婚式はカトリック系幼稚園の講堂を借りて行われた。
そして披露宴は会場を移し公民館。木の床に座布団が並び、会議用テーブルの上には手製の料理が次々と並び始める。
「ほらこれ、ノビル。取ってきたの。おいしいよぉ」
新郎の地元であるお世辞にも都会とはいえないこの地で、新郎の近所の人達や二人の友人達の手によってまさに手作りの宴が始まろうとしていた。

新郎新婦の入場。
新婦のウェディングドレスは母親の手作りだという。
ミュージシャンである新郎の友人達、劇団の女優である新婦の仲間達、披露宴は暖かいと言えば聞こえはいいが始めから既に二次会のノリだった。
「ウェディングケーキ、じゃなくてウェディングまんじゅう入刀!」
知り合いのまんじゅう屋さんに特別に作ってもらったという巨大な紅白まんじゅうに会場が沸き立つ。出刃包丁でまんじゅうに入刀。はやし立てる声、そして拍手。
若者ばかりの乱暴なノリを、新郎新婦の両親が会場の後方で静かに見守っていた。

「お色直し」を終えて再登場した二人は白い布だけをくるっと纏った姿。
「ベッドインを行います!」
確かにそこにある古いベッド。照れる新婦。Vサインの新郎。ジョンとヨーコを気取ってベッドに入る二人。場は最高潮、いい具合に酒も入っている客や新郎が案の定全裸になったりしながら、はちゃめちゃな宴は続いた。

笑いながら、手を叩きながら、私は二人を羨望とも嫉妬ともつかないまなざしで見つめていた。生まれた土地を愛し、そこにどっしりと根を降ろし幹を太らせ枝を伸ばす木の姿が私には見えた。
生まれた土地を離れ縁もゆかりも無い場所で暮らす私は「故郷を捨てた」という感覚があった。ふらふらと漂流する自分を根無し草だと感じた。
後悔なんてしていない、けれど。
もう決して手に入らないものが目の前で枝を伸ばし葉を広げ、嬉しそうにきらきらと輝くのを私は見た。新郎がギターを抱え、故郷の歌を歌い始めた。

四月生まれ(要するに誕生日記念)2006年04月22日 02時54分46秒

誕生日にいい事なんてあった試しが無い。
恭子はそう言ってため息をつく。

それでなくても木の芽時って言うんだっけ?気候が変わる頃だから体調も精神も不安定になる。秋はどんどん寒くなるからダウンしていくだけで比較的楽。でも春はどんどん暖かくなっていくから変にアッパーになって制御が効かなくなる。歩かない馬と暴れ馬、乗るならどちらが楽だと思う?分かるよね?

俺はただ曖昧に頷く。

子供の頃からそう。四月に誕生日なんて碌なもんじゃない。毎年クラス替えがあって、クラスが変わって友達が出来る前に誕生日が過ぎる。その後で友達が出来るでしょ?誕生日を訊かれる。「あー、過ぎちゃったね」って、それが毎年。本当、馬鹿馬鹿しいったらありゃしない。

「そりゃ残念だったね」俺はグラスの中の氷をかき混ぜる。

四月の誕生石って知ってる?ダイヤモンド。ダイヤなんていつ生まれたって欲しがる石じゃない?しかも気軽に買える、気軽に貰える石じゃない。それってなんだかつまらなくて、ありふれた名前のようにつまらなくて、真珠やトルコ石がどんなに羨ましかったか……ねぇ、聞いてる?

氷がからからと音を立てる。慌てて覗いた彼女の目が座っている。

去年だって、一昨年だって、いい事なんて何も無かった。だから、もう期待しない事にしたんだ。今日はなんでもない普通の日で、昨日や明日と同じような日で、そう思う事にした。だから、ま、どうでもいいんだ。

(どうでもいい事なんてないだろ)
そんな事を言いながら恭子は多分、毎年儚い期待をして、裏切られた事ばかりを覚えて、思い出して、それでも儚い期待をしているから、今、俺の前にいる。

自分の誕生日を忘れるような奴は、ドラマの中にしかいないもんさ。

恭子はカウンターに肘をついて頭を手のひらで支えている。ちょっとだけ息を呑んで、俺は恭子の腰を引き寄せる。