胡瓜亭2006年03月19日 01時37分58秒

 秋彦はいつも通り母親に怒鳴り散らした後、わざと足を踏み鳴らすように二階の自室へ登った。朝食のメニュー。わざととしか思えない。何から何まで気に食わない。
 スイッチを入れると腹の底を揺らすようなモーター音とともに画面が現れる。椅子を揺すりながら自分のブログをチェックする。
 「ブログ初心者でーす(=^ . ^=)」
 付いたコメントをクリックすると女性が笑顔で大股開き。開設して半年、有名どころのブログにトラックバックを繰り返しても増えるのはスパムばかりだ。
 秋彦は小説家になると決めている。小学三年生の頃に県の作文コンクールで入選した腕前の持ち主である。デビュー前の腕慣らしのつもりでブログを開設したのだ。秋彦の小説はたちまちネットの話題をさらい、鳴り物入りで小説家デビューした後は伝説のブログとしてネット上に語り継がれる、はずだった。
 しかし今日は違う。今度こそ。秋彦は「お気に入り」のリンクをクリックした。

 「胡瓜亭文章教室」

 ネット上のコミュニティに小説を投稿したのは昨日の事だ。
 アクセスすると既に活発な論議が交わされている。秋彦は自分の文章を探した。あった。ページを開きスクロールバーを一気に下までドラッグする。
 "コメント(0)"
 「…もうちょっと目立つタイトルにすれば」
 声に出してみたが足はいらいらと床を叩いた。何で、何故誰もこんな傑作に気付かない。秋彦はF5キーを押した。
 "コメント(0)"
 画面は変わらない。再読み込みをクリックしてみる。F5を連打する。キャッシュをクリアしてみる。ウェブブラウザを再起動してみる。ついでにパソコンも再起動してみる。
 "コメント(0)"
 何故だ。何故俺を無視する。俺はここだ。無視するな。俺は特別なんだ。選ばれた人間なんだ。でないと俺の価値なんて何も。
 F5キーの表面はすり減り、マウスの塗装は剥げかかっている。それでも憑かれたように秋彦はリロードを続けた。既に日は高く、空は快晴。

コメント

_ 木の目 ― 2006年05月02日 16時41分47秒

asabloの宣伝マンではありませんが、こちらの写真つきの雰囲気のほうが最後の「既に日は高く、空は快晴。」が生きる気がしました。

_ ぎんなん ― 2006年05月09日 00時04分51秒

返事が遅くなってしまいました。すみません。

写真が付くのって良いですね。ここに載せている写真は全て自分で撮った物です。
本当はもうちょっとからっと腫れた空が良かったのですが、何故か頭に浮かんだのがこの写真で。ぽやーっとぼけた青空が日本的と言いますか。

この文章で自分の狂気をカリカチュアライズ出来たような気がしてまして、
これが「百合」に繋がったのかなぁと言う気が少ししています。

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