スリル2006年03月20日 17時44分09秒

気が付くと、僕たちはロープの上にいた。
「窓、曇っちゃったね」
彼女が開けた窓からひやりとした風とともに雨が降り込んでくる。車窓から見える海は垂れ込めた雲と同化して何処までも霞んでいる。海岸に沿って道はくねくねと曲がり、僕がハンドルを切る度に彼女の体が滑るように倒れる。わざと急にハンドルを切った僕の肩に君が触れる。僕の左手が浮いて跳ねる。
雨の海なんて誰も見に来ない。対向車線にも車は無い。でも、ほんとうに安心なんて出来ない。

君は彼になんて言い訳してきたの。
僕はアリバイ作りにも慣れてしまった頃だ。

学園祭のダンスパーティーで僕たちは想定外に抱き合った。
僕の彼女はサークルの飲み会で酔いつぶれていたし、君の彼は実行委員で会場にはいなかった。
僕は気付かなかった。そっと頬を寄せたその瞬間に僕たちの足元はがらがらと崩れ、底知れない谷間に頼りなく渡したロープの上で綱渡りのように踊り続けていた事を。

海の見える空き地に車を止める。エンジンが止まると急に雨音が強くなる。閉め切った窓は僕たちの息ですぐに曇り始める。長いキスのあとの彼女のため息。サイドガラスに残る君の指の跡も、既に白く。
「海…」
「何?」
「見えなくなっちゃったね」
そう、僕たちも、もう誰からも見えない。
どちらかが踏み外せばそれで終わる。真っ逆さまに堕ちていくしかない。それなのに頬を寄せた形のままで、互いの温もりだけを手がかりに、ロープの上でダンスは続く。
雨が滝のように窓を伝う。柔らかい胸が不意に押し付けられる。彼女の髪の匂い。僕はもう何も考えられなくなっていく。
踊っていられるのは、足元が見えないから。
「ねぇ…ここって」
腕を回しながら熱い息が耳元で囁く。
「自殺の名所なんだって」
息を呑んだ僕の背中で彼女の指が跳ねる。

コメント

_ 木の目 ― 2006年04月08日 21時46分17秒

これ、学園物じゃないと、どろどろかなぁ。
1.男独身、女既婚
2.男既婚、女独身
3.男女とも既婚
4.同性同士
昨年、歩道を歩いていた若いアベック、女性がいきなり男性を車道に突き飛ばし、走っていた車が本当にぎりぎりのところでハンドルでかわしました。指が跳ねるのフレーズで、思わずそんなことを思い出しました。どんなドラマがあったのか、100人100様なんでしょうね。
男と女は近くなりすぎると、心のガラスが息で曇って見えなくなるのかもしれないですね。

_ ぎんなん ― 2006年04月10日 01時21分33秒

コメントありがとうございますー。
実はこの話のテーマは「スリルと恋心を勘違い」だったりします。浮気とか不倫とか、実は背徳感のドキドキを恋だと勘違いしているんじゃないのかなーと思ってみたり。男は浮気のスリルに溺れているだけ、女の方はそういう男の様子をうすうす感づいている。そう言う状況を描いてみた「つもり」だったりします。あ、「ダンス」の時の没ネタです。はい。

木の目さん>
「勘違い」なので私は若者を想定してたのですが、年配でも案外そういうものでしょうか。不倫はよりドキドキですし。2.よりも1.の方が(間男ですねぇ)ドキドキは強そう(^_^) 4.は「同性が好きな自分自身」自体が罪悪感と背徳感を持つでしょうし、うーん、どろどろかなぁ。勘違いでどろどろになると当人も周りも報われないなぁとか思ってしまうんですけどね。

> 女性がいきなり男性を車道に突き飛ばし
映画「12人の優しい日本人」を思い出してしまいました。離婚した夫に追いかけられる女、言い争い、夫はトラックに跳ねられて死亡。ここから「事故」「過失致死」「計画殺人」「自殺」まで説が乱れ飛び、本当の事は分からない。
案外、女が毛虫にびっくりして反射的に男を突き飛ばしちゃったとか、ドラマにならない理由だったりも(^_^)

> 男と女は近くなりすぎると、心のガラスが息で曇って見えなくなるのかもしれないですね。
うーん、綺麗だなぁ。私はひたすらエロい事を考えながら書いてたんですが…。

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