03. 5分前のダンス ― 2009年07月07日 22時00分25秒
ウッドベースのリズムが胃袋をゴム鞠のように弾ませる。
ピアノの高音が鼓膜を不規則に叩く。
眩暈を感じておれは目を閉じた。大音量のジャズに気圧されてもう酔ってしまいそうだ。ジャズなんて好きじゃない。おれはただ、体の端々に残っているはずのマユミの痕跡をアルコールの匂いで消してしまいたかった、それだけだ。
ドラムソロが頭蓋骨をビリビリと震わせる。
汗をかいたグラスに感触の残る中指を押し当てる。体温と汗と粘液の匂いがふっと、間近に蘇る。
ジャズがかき消える。
呼吸の熱さが首筋を撫でる。
まるで今ここでマユミに抱きすくめられているような、肌の感触。
ついさっきまで居たホテルの部屋。ベッドに座るおれにグラスを持ったマユミが近づいてくる。
腕に触れる、冷たい汗。
熱い息。
唇が肩に触れる。
おれは目を開けた。ジャズはいつの間にか別のナンバーに変わり、タメから一気に駆け上がるピアノがおれの喉を突き上げる。作ったばかりのロックグラスが、目の前にある。
「マスター、この曲二度目だよな?」
カウンターの中の男がちらりとおれに目を向ける。
「おれが入ってきたときにちょうど、この曲が」
冗談でしょう、と言いたげな含み笑いで男が目を逸らす。おれは少し混乱して、汗のかき始めたグラスを一気に空ける。
なんでもないことをきっかけに、突然意識が場所と時間を超えてしまう。もちろんそれはただの幻覚だ。珍しくもない。それなのに決まって妄想にも似た馬鹿げた思いがおれを襲う。
あれは本当に、幻覚だったのか。
ここは本当に、さっきまで居た場所なのか。
おれは本当に、時空の隙間をゆらゆらとさまよっているんじゃないのか。
デジャヴは一種の精神錯乱だと言う。もしそうならおれはとっくに錯乱しているのだろう。さっき空けたグラスが脳を痺れさせ、ブラシで擦られたように視界が霞む。低音から滑らかにせり上がるベース音の隙間、懐かしい声が聞こえた気がしておれは顔を上げた。
……テツヤ?
緩い旋律に少しずつ声が重なる。聞き取れなかった言葉が、次第にはっきりとおれの耳に響く。
--誰が証明できる? この世界が、作り物じゃないことを。
からんと氷が崩れ、夢から覚めるようにおれは我に返った。さっきまでテツヤだと思っていたその声は女性ボーカルのハスキーな囁き声だ。頼んだ覚えの無いグラスが目の前で汗をかいている。
曲が変わった。アップテンポなウッドベースが胃袋をゴム鞠のように弾ませる。
「マスター、この曲……」
カウンターの中の男が、うんざりと口の端だけ歪ませるのが見える。
ピアノの高音が鼓膜を不規則に叩く。
眩暈を感じておれは目を閉じた。大音量のジャズに気圧されてもう酔ってしまいそうだ。ジャズなんて好きじゃない。おれはただ、体の端々に残っているはずのマユミの痕跡をアルコールの匂いで消してしまいたかった、それだけだ。
ドラムソロが頭蓋骨をビリビリと震わせる。
汗をかいたグラスに感触の残る中指を押し当てる。体温と汗と粘液の匂いがふっと、間近に蘇る。
ジャズがかき消える。
呼吸の熱さが首筋を撫でる。
まるで今ここでマユミに抱きすくめられているような、肌の感触。
ついさっきまで居たホテルの部屋。ベッドに座るおれにグラスを持ったマユミが近づいてくる。
腕に触れる、冷たい汗。
熱い息。
唇が肩に触れる。
おれは目を開けた。ジャズはいつの間にか別のナンバーに変わり、タメから一気に駆け上がるピアノがおれの喉を突き上げる。作ったばかりのロックグラスが、目の前にある。
「マスター、この曲二度目だよな?」
カウンターの中の男がちらりとおれに目を向ける。
「おれが入ってきたときにちょうど、この曲が」
冗談でしょう、と言いたげな含み笑いで男が目を逸らす。おれは少し混乱して、汗のかき始めたグラスを一気に空ける。
なんでもないことをきっかけに、突然意識が場所と時間を超えてしまう。もちろんそれはただの幻覚だ。珍しくもない。それなのに決まって妄想にも似た馬鹿げた思いがおれを襲う。
あれは本当に、幻覚だったのか。
ここは本当に、さっきまで居た場所なのか。
おれは本当に、時空の隙間をゆらゆらとさまよっているんじゃないのか。
デジャヴは一種の精神錯乱だと言う。もしそうならおれはとっくに錯乱しているのだろう。さっき空けたグラスが脳を痺れさせ、ブラシで擦られたように視界が霞む。低音から滑らかにせり上がるベース音の隙間、懐かしい声が聞こえた気がしておれは顔を上げた。
……テツヤ?
緩い旋律に少しずつ声が重なる。聞き取れなかった言葉が、次第にはっきりとおれの耳に響く。
--誰が証明できる? この世界が、作り物じゃないことを。
からんと氷が崩れ、夢から覚めるようにおれは我に返った。さっきまでテツヤだと思っていたその声は女性ボーカルのハスキーな囁き声だ。頼んだ覚えの無いグラスが目の前で汗をかいている。
曲が変わった。アップテンポなウッドベースが胃袋をゴム鞠のように弾ませる。
「マスター、この曲……」
カウンターの中の男が、うんざりと口の端だけ歪ませるのが見える。
コメント
_ おっちー ― 2009年07月08日 09時01分49秒
_ ぎんなん ― 2009年07月08日 17時26分43秒
おっちーさん、お早い。
前の2話、読み返さなくていいです(汗) 別の世界なので。
こんな感じでわけわからず進んでいきます。
宣伝ありがとうございます。ゲームのことはおっちーさんのブログで読みました。
私は東京在住では無いので、写真では参加できないということですよね。興味はありますが、こんな文章でいいんでしょうか。
もし書けたら参加してみたいのですが、どうにも今後の仕事が見えないので確約はできません。暇になってやることなくなったらいいなあ。いや良くないのか。
ソフトの開発にプログラマーという立場以外で関わるのも新鮮ですねぇ(笑)
で、一点確認です。エロはどこまでおっけーでしょうか(爆)
前の2話、読み返さなくていいです(汗) 別の世界なので。
こんな感じでわけわからず進んでいきます。
宣伝ありがとうございます。ゲームのことはおっちーさんのブログで読みました。
私は東京在住では無いので、写真では参加できないということですよね。興味はありますが、こんな文章でいいんでしょうか。
もし書けたら参加してみたいのですが、どうにも今後の仕事が見えないので確約はできません。暇になってやることなくなったらいいなあ。いや良くないのか。
ソフトの開発にプログラマーという立場以外で関わるのも新鮮ですねぇ(笑)
で、一点確認です。エロはどこまでおっけーでしょうか(爆)
_ おっちー ― 2009年07月09日 15時06分38秒
ほらそんな話題振るから寄ってきた↑(笑)
> エロはどこまでおっけー
一応ですね、投稿規約を作ったんですよ。
それを見るとあんまりエロってダメっぽいんですが(真面目に答える私)、いつものぎんなんさんくらいなら自己責任でオッケーじゃないでしょうか(笑)。
てかホームページに載せられる位ならオオケイですってば(やっぱり真面目に答える私)。
それでですね、今日のミーティングで決まったんですが、地域に根ざした物語なら(詳しくはまた改めて説明しますが)、東京でなくても、仙台だろうが、福岡だろうが、その物語に添える写真を撮ってきて頂ければ採用ということになりそうです。
楽しみましょう!
楽しければオールオッケーです。
ではでは。
> エロはどこまでおっけー
一応ですね、投稿規約を作ったんですよ。
それを見るとあんまりエロってダメっぽいんですが(真面目に答える私)、いつものぎんなんさんくらいなら自己責任でオッケーじゃないでしょうか(笑)。
てかホームページに載せられる位ならオオケイですってば(やっぱり真面目に答える私)。
それでですね、今日のミーティングで決まったんですが、地域に根ざした物語なら(詳しくはまた改めて説明しますが)、東京でなくても、仙台だろうが、福岡だろうが、その物語に添える写真を撮ってきて頂ければ採用ということになりそうです。
楽しみましょう!
楽しければオールオッケーです。
ではでは。
_ ぎんなん ― 2009年07月09日 22時20分38秒
(注:おっちーさんの上にあったスパムコメントは消しちゃいました。)
おっちーさん、お返事ありがとうございます♪
ゲームなのでもしかしてレイティングがあるかなーとか思ってですね、聞いてみただけです。すみません m(_ _)m
ひとつのゲームとしては地域を限定した方が面白いような気も個人的にはするんですが、ともかくサイトの公開待ちですね。
おっちーさん忙しそうですが、頑張りすぎないようにぼちぼち行きましょう。
ではではー。
おっちーさん、お返事ありがとうございます♪
ゲームなのでもしかしてレイティングがあるかなーとか思ってですね、聞いてみただけです。すみません m(_ _)m
ひとつのゲームとしては地域を限定した方が面白いような気も個人的にはするんですが、ともかくサイトの公開待ちですね。
おっちーさん忙しそうですが、頑張りすぎないようにぼちぼち行きましょう。
ではではー。
_ 儚い預言者 ― 2009年07月10日 23時32分25秒
幻の感覚とは何だろう。では真実の感覚とは何だろう。
何もなく浮いていて、全て有り沈んでいる。その間に人は夢の時間をリアルにする。もし繋がりと孤独がなければ、宇宙の仕組みに何を求めればいいのだろうか。
愛のバリエーションは不在の夢に実なる感覚を齎す。
真実とは実在でもなく、関係でもなく、投影し反映に繰り返す疑問かもしれない。
何もなく浮いていて、全て有り沈んでいる。その間に人は夢の時間をリアルにする。もし繋がりと孤独がなければ、宇宙の仕組みに何を求めればいいのだろうか。
愛のバリエーションは不在の夢に実なる感覚を齎す。
真実とは実在でもなく、関係でもなく、投影し反映に繰り返す疑問かもしれない。
_ ぎんなん ― 2009年07月12日 00時37分22秒
預言者さま、
感覚に幻も真実も無いんですよね。どちらかと言われたら全てが幻でしかない。
もしそれを判別しようとするなら「他人と共感できるかどうか」ということが基準になるかもしれない。
でもその共感もつきつめれば幻だったりして。
他人に共感されない事が幻なら、私は幻の中に生きているのだろうなあ。
繋がりと孤独が無ければ、人間はもはや人間じゃなくなっているのかもしれません。
……すみません。若干寝ぼけています。寝まーす。
感覚に幻も真実も無いんですよね。どちらかと言われたら全てが幻でしかない。
もしそれを判別しようとするなら「他人と共感できるかどうか」ということが基準になるかもしれない。
でもその共感もつきつめれば幻だったりして。
他人に共感されない事が幻なら、私は幻の中に生きているのだろうなあ。
繋がりと孤独が無ければ、人間はもはや人間じゃなくなっているのかもしれません。
……すみません。若干寝ぼけています。寝まーす。
_ ヴァッキーノ ― 2009年07月12日 08時07分22秒
2分後の世界が見える「ゴールデンマン」ってSF小説がありましたけど
それはゴールデンマンだけに、全身金色の男なんです。
C3POに金髪のカツラを被せたみたな(笑)
それはさておき、
正夢ってあるんですよね、きっと。
あ、ここ、絶対に夢で見た!
ってことありますもん。
それを文章で表わすのって、難しいですけど、ぎんなんさんは幻想的にやってのけましたね。
2分後の世界が見える「ゴールデンマン」ってSF小説がありましたけど
それはゴールデンマンだけに、全身金色の男なんです。
C3POに金髪のカツラを被せたみたな(笑)
・・・・・・あれ?
このコメント、さっきも一度しましたっけ?
それはゴールデンマンだけに、全身金色の男なんです。
C3POに金髪のカツラを被せたみたな(笑)
それはさておき、
正夢ってあるんですよね、きっと。
あ、ここ、絶対に夢で見た!
ってことありますもん。
それを文章で表わすのって、難しいですけど、ぎんなんさんは幻想的にやってのけましたね。
2分後の世界が見える「ゴールデンマン」ってSF小説がありましたけど
それはゴールデンマンだけに、全身金色の男なんです。
C3POに金髪のカツラを被せたみたな(笑)
・・・・・・あれ?
このコメント、さっきも一度しましたっけ?
_ ぎんなん ― 2009年07月12日 15時57分11秒
ヴァッキー、
デジャヴって、経験が無いんですよ実は。
例えばすれ違う人を見て「んっ?」と思ったり、初めて見る景色を見て「んっ?」って思う事はあるんです。でもそれは昔見た何かに似ていたり、偶然何らかの記憶を読み出す鍵になっていたりで、私は大抵その原因が思い当たってしまうんです。
とすると、何かを思い出しているのにその原因となっているものが思い出せない、そういう状態の時それをデジャヴと呼ぶのかなあ、と思うんですね。
でも実のところ、私は何度もデジャヴを経験しているのにその都度「原因」をむりくり作り出して安心している可能性もあるわけです。
脳みそは奥深いもんですから。ええ。
> 被せたみたな(笑)
確かにさっき一度してますね、そのコメント(笑)
デジャヴって、経験が無いんですよ実は。
例えばすれ違う人を見て「んっ?」と思ったり、初めて見る景色を見て「んっ?」って思う事はあるんです。でもそれは昔見た何かに似ていたり、偶然何らかの記憶を読み出す鍵になっていたりで、私は大抵その原因が思い当たってしまうんです。
とすると、何かを思い出しているのにその原因となっているものが思い出せない、そういう状態の時それをデジャヴと呼ぶのかなあ、と思うんですね。
でも実のところ、私は何度もデジャヴを経験しているのにその都度「原因」をむりくり作り出して安心している可能性もあるわけです。
脳みそは奥深いもんですから。ええ。
> 被せたみたな(笑)
確かにさっき一度してますね、そのコメント(笑)
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本当は前の2話読み返してからコメントしたいところなんですが、時間がそれを許さない~、ので、ごめんなさい、この文章へのコメントのみになりました。
えっと、以下宣伝&お誘いです。
今、僕は友達とホームページを立ち上げようとしています。
そこで、「写真と文章」もしくは「写真から連想する文章」(どちらも実在の街とリンクしたもの)を公募しようと思っています。
ジャンルは何でもありです。まあ「常識の範囲内」とプログラマーは申しておりますが、「ハリーポッターくらいなら全然OK」と言っているので、大体の作品は通るかと。
ぎんなんさんは写真も撮られるし、この企画には打って付けだなあ、と僕は思っていまして、ホームページの公開はまだあともう少し先になりますが、公募開始の際には、是非是非ご協力下さると、とても嬉しく思います。
ぎんなんさんの個性は、今回の企画にとても欲しい!ものだと思っています。
もちろんお暇になって、やる事ないなあくらいの時でも結構ですので、ご参加下さると、とても嬉しいです。
待ってます!!!
ではでは。