02. 真夜中のドライブイン2009年05月27日 01時14分37秒

 ヘッドライトが消えてしまえば、小さな羽虫のように吸い寄せられるしかない。そんな風に僕は透明な自動ドアをくぐった。午前三時のサービスエリアはまるで海の底のようで、さらさらと鳴る砂のように微かなBGMが流れている。
 紙コップのコーヒーを飲み干しようやく僕は息をついた。蛍光灯がカチカチと瞬く。
 カチカチ。
 カチカチ。

 --私が悪いの?

 深呼吸をして僕は周りを見渡した。大抵がひとりか、ふたり連れか、一定の間隔をあけてぽつりぽつりと存在するその形はどこか静けさを感じさせる。
 まるで、放牧されている羊のような。
 食べ、眠り、ため息をつき含み笑う。足音。食器の音。缶コーヒーがガタンと落ちる。うっすらと紗をかけるようにそれらを包みこむBGM。僕は目を閉じた。耳だけが鋭く尖ってゆく。
 車道から微かなベースが唸る。
 蛍光灯のハイハットが不規則なリズムを刻む。
 自販機のモーターが空気を振るわせる。
 スプーンが甲高く耳を刺す。
 嘆きのテノール。
 囁きのアルト。
 上目遣いで甘えるソプラノ。
 絡まりぶつかり合う真夜中のスキャット。

 --そうやって、言い訳ばっかり。

 僕は目を開けた。フードコートの店員が居眠りをしている。

 --そんなこと、もう何年言ってるの。
 --うるさいな。わかってるよ。
 --わかってない。五年やって駄目なものが、十年で突然うまくいくわけ?

 思い出すだけで火をつけたように胸の奥が熱い。いつの間にか拳を握り締める。耐えるように深く息を吐くと彼女の声が耳元で囁いた。

 --私が悪いの?

 玄関でハツミはそう言って僕を見上げた。短い髪が頬に貼りついている。僕は何も言わずに鍵を置いた。
 君は今頃眠っているだろう、ひとりきりのベッドに沈み込んで。そして夜が明ける前に起きて、満員電車に乗り、オフィスで疲れ果て、また満員電車で家へ帰る。
 それが、君の誇りとする日常。

 泳ぎ疲れたら、君はそれまでだ。
 そうだろ?

 BGMが変わった。テツヤの歌だ。僕は天井のスピーカーを見上げて誰にも聞こえない声で呟いた。
 待ってろ。
 そこに行くから。
 僕は立ち上がった。紙コップを捨てて自動ドアをくぐると外は夜明けの気配さえ見えない。助手席のギターを横に見て僕はエンジンをかけた。
 もう逃げない。
 ハンドルを切る僕の目の前を流星のようにヘッドライトが横切る。
 僕は行く。
 君を残して、光の差すほうへ。
 新しい世界へ。

 もうすぐ夜が明ける。

コメント

_ おっちー ― 2009年05月27日 15時54分05秒

 カテゴリー分けが意味深ですね。
 "01"は「タツヤ」と「テツヤ」で、"02"は「カツヤ」と「テツヤ」なんだ。
 で、夜はテツヤなんですね。徹夜?

 「夜が明ける。」ということは、「テツヤの長い夜」はここで終焉なのかなあ。

 何だか全貌が見えそうで見えない、読んでてもどかしいんですが、そこがぎんなんさんの狙いなんでしょうね。やらしーなー
 何だろう、話の筋が見えなくても、表現の巧さで読ませてしまうんだから凄いと思います。真似出来ねー

 今日は風邪で寝込んでます。熱はないんですが喉と頭が痛い。
 だからずっと家にいてやることないんでブログ巡りとか始めちゃった訳です。
 肩が凝ってきたのでもう寝ます。
 音楽聴きながら、溜まってる本でも読もうか。

_ 儚い預言者 ― 2009年05月27日 23時20分53秒

 最初の情景描写に恍惚となり、科白が独白にならず、言い訳でもない、そのままガイドになるように光へ昇天してしまいそう。旅立ちなのでしょう。それは光の舞、或いは闇に消えかけた真実への問いでしょうか。

_ ぎんなん ― 2009年05月28日 00時27分35秒

おっちーさん、
カテゴリは並び順を逆にしたかったんですが、勝手にこう並んじゃいました。asabloってそうなんかしらん。脳内で逆転させてくださいませ。
全貌どころか、まだ序章が済んでないです実は(汗) 全貌が描けるのか、全部書いたら全貌が見えるのか、はなはだ自信はありません。

>夜が明ける
さて本当に明けるのか、が問題かもしれません♪

風邪大丈夫ですか?
パソコンの画面を見るのって案外疲れますよ。寝てないと駄目ですよー。


預言者さま、
旅立ちですね。きっかけはどうあれ決意の旅立ちです。
よく考えると、ここで終わっておけばよい余韻が残るものを、そうじゃなくここから始まり、ってのは意地悪なのかもしれませんね。

_ ヴァッキーノ ― 2009年05月28日 11時46分42秒

背景描写が丁寧なので
僕のいる位置が明確にわかりますね。
音楽がキーワードなんですね。
今はまだいろんなアイテムを
伏線のように張り巡らしているって
感じでしょうか?
ぎんなんさんも
思い切って100話
目指しましょ!(笑)

_ ぎんなん ― 2009年05月28日 23時14分33秒

ヴァッキー、
丁寧なんでしょうか。描写は結構削りました。
文章の読み手は景色を想像しながら、頭に思い浮かべながら読むじゃないですか。だから情景の描写って、読み手の想像をなるべく邪魔しないようにある程度省きながら書くものなのかなー、と思って書いてました。
書き手は書き手の想像する景色が頭にあるんで、どこを省くかって難しいんですけど。

> 思い切って100話
やだ(笑)

_ おさか ― 2009年05月29日 08時34分07秒

ほー
なんか溜息が
ぐだぐだな夜の雰囲気ですね、夜明け前のもっと手前
なんとなく、中島みゆきの「夜明けー間近のーよしのやーでは♪化粧のはげかけたシティーガールとー♪」というのを思い出してしまった
あ、タイトル思い出した、「狼になりたい」

しかしこの人
めっちゃ「だめんず」の予感がしますね、ええそりゃもう♪
夜明けはどっちだ?

_ ぎんなん ― 2009年05月29日 23時03分18秒

おさかさん、
おおかみにぃーーー なぁりたいぃぃぃーー
おおかみにぃーーー なぁりたいぃぃぃーー
ただぁーーーいちどぉぉーーー♪

いやあいいですねぇ、歌っちゃいました。
基本的に真夜中は好きですね。ぐだぐだなのが。
> 「だめんず」の予感
むふふふふ。さすがでございます。

_ 蝶子 ― 2009年07月01日 14時27分36秒

雨、大丈夫? 今朝のニュースで「九州北部」とかいう単語が聞こえてきたのでちょっと心配。
こっちの雨は、大したことないです。でもウチは雨漏りしてるけど(泣笑)

_ ぎんなん ― 2009年07月02日 12時59分49秒

蝶子さん、
わわわ、わざわざありがとうございますー♪
警報は出てましたし、大分とかすごいところはすごかったらしいですが、うちは家も会社も大丈夫です。
ちょっとJRのダイヤが乱れて、2時間ほど電車に閉じ込められただけです(笑)

もう7月になってしまいました。
仕事は一時大変でしたが、今はちょっと落ち着きました。
どうしよう、夏はもうすぐそこじゃあないかっ。

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