夏休みプチ旅行(3) 蕎麦と和紙と土用餅 ― 2007年09月01日 11時08分25秒
無事ノルマを達成して座敷に戻ると、お昼ごはんは蕎麦との事。
「なっちゃん、大根おろしは大丈夫?」
案の定渋い顔をした娘は「おろし蕎麦 おろし抜き」というメニューとなる。娘よ、それって、どうなん?
突然親子でのほほんとお邪魔したのが申し訳なくなるような、ごちそう。
「あのね、今日は蕎麦の出来がいまいちみたいで。ごめんねー、いつもはこんなじゃ無いんだけど」
え。こんなに美味しそうなのに。
するする。
うーむ、確かにちょっとぼそぼそした感じはしないでもないんだけど。
いや、
美味しいよー。
大根おろしと鰹節も効いてるしー。
…………
…………
よく考えたら、私生まれ(岡山)も現住所(福岡)も、完全にうどん文化圏だー♪
こだわりは無いかもしれない。
なんせこの暑さだもんね。そば粉の機嫌が悪かったのかもしれないね。
結構な量があり、しかもデザートにきなこもちもあるというのに、娘が一生懸命蕎麦を食べている。このぶんだとお腹にデザートが入る隙間が無くなるんじゃないの? 娘にこっそり耳打ちする。
「大丈夫? 食べきれなかったら貰おうか?」
娘が小さな声で一言。
「……だって、出されたものは全部食べないと、失礼なんでしょ?」
おおおおお。
娘が成長している。(文章塾第2回の私の作品を参照)
「あのねー、中国ではね、出された食べ物を全部食べると失礼になるんだよ(本当)」
「ええー!?」
折角成長した娘を混乱させる、悪い親(^_^;;;
そして案の定、楽しみにしていたきなこもちが全部食べられなかった娘。がんばれ。
お腹も満腹で、お座敷で私はひたすらぼんやりしていた。
すずしいなー。
雰囲気いいなー。
なごむなー。
「まだ電車の時間まで少しあるし、和紙の里会館に行ってみる?」
おさかさんもそう言ってくれているし、娘も横で暇そうにうにょうにょしていたのだが、正直言うと私は電車の時間までお座敷でぼんやりしていたかった気が、しないでもなかった。
だって、心地いいんだもの。
和紙の里会館。
その昔、夏になるとおさかさんは学校の帰り道、よくここで涼んで勝手にお茶を飲んで帰ってたのだそうだ。
「あの、あなた達に出すお茶じゃないんだけど……」
「いいじゃんお客さん来ないんだしー♪」
そんな話を聞きつつ、和紙のサンプルを置いてある部屋では和紙の香りを嗅ぎつつ、2階の資料室でやっぱりうにょうにょしている娘の相手をしていると、
ん?
知らないおじさんがおさかさんに何かを手渡している。
おさかさん、非常に吃驚したり恐縮したりという雰囲気。
しばらくのやり取りの後おじさんが去って行くと、おさかさんはその手に持った物をそのまま私に差し出した。
「え?」
ずっしり。
「土用餅。まあ、ぼたもちなんだけど、この辺では土用にぼたもち食べるのよ」
「え、うん、あ」
「餅屋のおじさんが届けてくれてー。実家で食べて♪」
「あ、ありがとー……」
何故に、この場所に、餅屋のおじさんが土用餅を届けにきたのか。なにがなんだかわからないまま、私はずっしりと重たい土用餅を受け取ってしまった。
何が起こっていたのかがわかったのは、その後おさかさんのブログが更新されてからの事。
土用餅、実家で美味しく頂きました♪
お土産屋で娘が慎重に土産物を選んでいるうちに、電車の時間が近くなった。
おさかさんの旦那さんの車で駅に向かう。駅の改札をくぐるぎりぎりまで、おさかさん一家は我々親子に付き合ってくれた。
ありがとうーと心の中で手を振りつつ、サンダーバードでおさかの里を後にした。
* * *
後日。
おさかの里から宅配便がやって来た。
え、箱、でかくない?
娘の作品。
おお。案外綺麗。
私の作品。
おお、こりゃまたものの見事に箸にも棒にもかからないっ!
そして、
大きな箱に同封されていたのは、綺麗なポストカードと、
沢山の和紙。
いや、あの、送って頂いただけでも恐縮なのに、こんなに頂いてあのそのどーすればいいんでしょうか。
和紙は襖紙を切ったもののように思える。同じような柄がよく見ると少しずつ違う。手作りだ。金箔だ。ひゃあひゃあ。
急いでおさかさんにメールで訊ねてみた。
和紙は「襖紙のアウトレット」とのこと。襖紙も最近は売れないから小さく切ってバラ売りをしているのだ、と。
「遠慮なく使って♪」との事なので、遠慮なく使います。ありがとうございますっ!!
おさかさん、そしておさかの里の皆様、本当にお世話になりました。ありがとうございました。
また懲りずに伺うかもしれません。
困ったことになった ― 2007年09月03日 23時10分05秒
娘が私の実家(正確には実家近くの姉の家)で従姉妹とゲーム三昧で遊んでいる頃、諸事情があり飲み会チャットの設置サーバを移転した。
数日後、ゲーム三昧を終えて久しぶりに我が家に帰ってきた娘。何故か私とチャットがしたいらしい。
「あー、そうそう、チャット移動したのよ。(新しいアドレス知らせるの)どうしようか?」
そう娘に訊いたら、驚くべき答えが返ってきた。
「ああ、それねぇ、検索したら、かーちゃんのホームページみたいなのが出てきて」
「!」
「それに書いてあったから、わかるよ」
「!!」
「でね、なんか面白いから、全部読んだ」
「!!!!!!!!!!」
えええええええええええっ。
このブログを表示して「これ?」と聞いたら「そうそれ」とのこと。
これ読んだの?
全部?
えーーー、あんなこともこんなことも、ましてやそんなことまで書いてあるブログだというのに。
あとで良く聞くと、文字ばかりの記事は読んでいないらしい。写真の多い、文章の短い記事だけ読んで笑っていたらしい。実はうちの娘、文章を読むのは苦手である。それ自体は憂うべきことだが、今回はそのおかげで私は胸を撫で下ろした。
正直、あんなことやこんなことが満載の私の小説もどきは、子供に読ませたくない。小学生の健全な成長を妨げるものだと思う。
娘が知ってしまった以上、私はこのブログに物語を書くべきでは無いかもしれない。
今読めなくても、読めるようになるかもしれず、読む気になるかもしれず、うっかり読んでしまっても大変。
え、子供に読まれてもいいものを書け?
………書けません(号泣)
どうしようかなあと、ずっと考え続けている。
小説はWAに書くように、しようかなあ。
既に乗せている奴は、どうしようかなぁ……。
数日後、ゲーム三昧を終えて久しぶりに我が家に帰ってきた娘。何故か私とチャットがしたいらしい。
「あー、そうそう、チャット移動したのよ。(新しいアドレス知らせるの)どうしようか?」
そう娘に訊いたら、驚くべき答えが返ってきた。
「ああ、それねぇ、検索したら、かーちゃんのホームページみたいなのが出てきて」
「!」
「それに書いてあったから、わかるよ」
「!!」
「でね、なんか面白いから、全部読んだ」
「!!!!!!!!!!」
えええええええええええっ。
このブログを表示して「これ?」と聞いたら「そうそれ」とのこと。
これ読んだの?
全部?
えーーー、あんなこともこんなことも、ましてやそんなことまで書いてあるブログだというのに。
あとで良く聞くと、文字ばかりの記事は読んでいないらしい。写真の多い、文章の短い記事だけ読んで笑っていたらしい。実はうちの娘、文章を読むのは苦手である。それ自体は憂うべきことだが、今回はそのおかげで私は胸を撫で下ろした。
正直、あんなことやこんなことが満載の私の小説もどきは、子供に読ませたくない。小学生の健全な成長を妨げるものだと思う。
娘が知ってしまった以上、私はこのブログに物語を書くべきでは無いかもしれない。
今読めなくても、読めるようになるかもしれず、読む気になるかもしれず、うっかり読んでしまっても大変。
え、子供に読まれてもいいものを書け?
………書けません(号泣)
どうしようかなあと、ずっと考え続けている。
小説はWAに書くように、しようかなあ。
既に乗せている奴は、どうしようかなぁ……。
うたう絵描き ― 2007年09月10日 22時26分50秒
※この記事には一部差別用語が使用されています。これは情報を正確に伝えるためであり、筆者に差別の意図は全く無いことをここに記しておきます。また、不快に思われる方はこの先をお読みにならないで下さい。 |
友部正人を初めて聞いたのはもう何年前だろう。
結婚前、当時付き合っていた旦那にライブに連れていかれたのが最初だと記憶している。真四角な多目的ホール、座席の一番前、しかも真ん中に陣取った旦那の隣で、その日何故かすごく眠かった私は寝てしまわないように必死だった。
アコースティックギターとハーモニカ、たった一人で静かに彼は歌い始めた。
眠気でぼんやりとしながら、私は彼の歌にある印象を抱いた。
この人は絵描きだ、と。
ちょっと嗄れた、耳に引っかかる歌声は印象的な言葉を次々に投げかける。しかし、その言葉に押し付けるような作り手の感情はない。感情的に思える言葉でもそれは何故か「感情的な絵の具」になって、見えないキャンバスに色を埋める。
「こんなの描いてみたんですよ。どう思います?」
彼は大きな目で客席を見渡し、そんな風に微笑んでいるように見えた。
彼の曲に「びっこのポーの最後」という曲がある。タイトルからして差別用語ど真ん中のその曲を収録したアルバムは一度発禁になり、現在は自主制作盤で発売されている。
繰り返し叫ぶように歌われるフレーズは、意味も分からずただ、胸に引っかかる。
ねえ、びっこのポー あんたのやっていることは嘘ばっかりだ
あんたはただ死んだメキシコ人たちの手首をかわかして売っているだけだ
(「びっこのポーの最後」より)
それからしばらくして、彼のインタビューが載った本を購入する機会があった。本の中でインタビュアーが問う。
「"死んだメキシコ人たちの手首をかわかして売っているだけだ"っていうのは、どう言う意味なんですか?」
彼は答えた。(笑)マーク付きで。
「意味なんてありません。ただのイメージですよ」
あの時の印象は正しかった。やっぱり、彼は絵描きなのだ。
私の文章は時々難解であるらしい。
難解なら、わかりやすく書けばいい。だが、私の中にはそれに断固として抵抗する勢力が存在する。その抵抗勢力が何を欲しているのか、最近なんとなくわかってきた。
意味より響きを。
文脈よりリズムを。
意味なんてなんぼのもんじゃ。そう叫んでいる勢力が確かに、私の中に居る。そいつらの根拠はこのあたりにあるんではないかと、やっと思い当たったのだ。
詩人になれるわけでもないと言うのに。どこまでも、私は半端である。
「歌詞」は普通の詩とは違う。メロディがあってこその詩。そうは思っているのだが、友部さんの「はじめぼくはひとりだった」という曲だけはメロディなしで独立できる数少ない詩のひとつだと思っている。この曲は最近のベストアルバムにも入っているらしいし、聞くのが面倒だったら友部さんは沢山詩集を出しているので、きっとどれかに収録されていると思う(←無責任)
興味があったら探してみて下さいませー。
追記:歌詞を間違えていました。エジプト人→メキシコ人
そうだよ、これアメリカの歌だもの。はずかしーーー。
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