怪物は夜更けに目覚める2007年03月06日 08時38分04秒


「噂には聞いてたよ。馬鹿が一人いるってね」
 男は楽しそうに口の端を上げた。高級そうなスーツには皺の一つもない。
「何人、殺した」
 俺は奥歯を噛み締める。破れたTシャツから泥が落ちる。
「今まで、罪も無い人間を、理由もなく」
「さあね」
 微かな月の光以外、向かい合う二人を照らすものは無い。

 何度も見てきた。いたぶられ、辱められ、命が尽きてもなお苦痛に歪む顔を。折られ、千切られ、抉りだされ、放置された身体を。どす黒い赤に染まった野の花を。
 他の人間と同じように俺もただ恐れ、目を背け、逃げ隠れた。あの日が来るまでは。

「今の言葉、そっくり返してやろう。何人殺した」
「えっ」
「私のような人間をいくらも殺しただろう。さあ、何人だ」
「お前達は人間じゃない」
 男がクックッと喉で笑った。
「人間だよ。君と同じようにね。人間は生まれつき心に怪物を飼っている。長い間それを奥底に押し込めて知らない振りをしているうちに、本当に忘れてしまう。私達はただ怪物に気付いただけだ。私達を怪物と呼ぶなら、人間は全て怪物だ」
「じゃあ何故、人間を殺す」
 ——あの日、
「本能としか言いようがないね。私達は無差別に殺しているわけじゃない。本能が死ぬべき人間をちゃんと見極める。私達はあらゆる欲望を満足させた後に殺す。それだけだ」
 ——俺は見てしまった。
「死ぬべき人間なんていない!」
 ——死んだ後もなお辱められるかのように、
「なら、君のしようとしている事は」
 ——陵辱の跡を見せつけるかのように、放置されたあいつを見た時、
「黙れ!」

 ——俺の中で、何かが弾けとんだ。

 俺は男に向かって走った。俺と男の身体が触れた瞬間、男の身体は形を変えた。固く盛り上がり血の気を失った皮膚、その姿にはもう人間の面影はない。
 ——怪物。
 皮膚同士がぶつかり合いがちりと音を立てる。異形と化した俺の拳が相手を捉えたその時、月は雲に隠れ辺りは真の闇と化した。


最近はボツネタすら出なかったんですが、「人に非ず」は没ネタが山のように出たんで、久しぶりに「ボツネタの沼」発動です。

コメント

_ 儚い預言者 ― 2007年03月06日 09時20分38秒

 異形の怪物。人間が異形なのか、怪物が人間なのか。その戸惑いと恐怖。
 本能の直感はいつも闇なるこころを直視させようとして、その防護の正義がどれほど薄くて危ういか。
 交わす言葉の、実感の深い刃が、暗い生の時間を突き詰めていきます。

_ mukamuka72002 ― 2007年03月06日 10時31分43秒

最近、子どもがリメイク版の「妖怪人間ベム」にはまっていて、一緒に毎日観てたので、思わずクスッとしてしまった。いや、面白かったですよ、ぎんなんさんの男っぽさが、さわやかに出ていた。あ! さわやかだとダメなのか? これをボツにしたと云うことは、投稿作に更なる期待がもてそう。まさか別のベムものだったりして。

_ ぎんなん ― 2007年03月06日 12時07分59秒

預言者さま、
「俺」の行動理由は決して正義ではない。例え「俺」が怪物を全て倒したとしても、「俺」には最後に残った怪物としての末路しか残されていない。それでも「怪物」と称するしか無い人間が存在した時、それに対応し得るのは結局の所「怪物」だけなんじゃないか? ってのがテーマのようなものです。
敵が同種族であるってのは仮面ライダーの基本設……こほん。

mukaさん、
ボツの理由は、人でなし度が高くないなってのと「あまりに特撮ラヴだから♪」ですが(^_^;;
おお、妖怪人間。リメイクがあったんでしたね。うちは比較的最近再放送した昔のベムをビデオに撮っていて、同時期に再放送された「ゲゲゲの鬼太郎」と交互に見てます…旦那が。そうか、ベムっぽくもありますねぇ。一応モチーフはオルフ(以下、東映に見つかると面倒なので検閲削除)
投稿作は……詰め込みすぎたと反省中です。ボツの方が評判が良かったら、やーだーなーぁ。

_ おさか ― 2007年03月06日 16時07分42秒

特撮ラヴ!確かに!あはは。カッコイイっす、って魅力を感じちゃいけなかったですね。
しかしまあぎんなんさんたら、水を得た魚のよう・・・・って全然褒め言葉になってない?
「人に非ず」大体全部読んだんですけど(コメントはぼちぼち)、ぎんなんさんのなんとなくわかった。これ読んで確信入りましたー。へへへへ。

_ ぎんなん ― 2007年03月06日 19時09分55秒

おさかさん、
水を得た魚……おっしゃるとおりで♪ どうしても格好良くしたいんでその辺もボツ要素でした。

今回、書いても書いても「まだまだ」って感じになりました。まだ足りない。「人に非ず」という位なんだから、こんなもんじゃ無い。まだまだ。まだまだ。足掻いたあげく、時間が足らなかった。ああ、馬鹿ー。

で、え、わかっちゃいました? 名前が出る頃こっそり夜逃げしようと思ったのにぃー。

_ きのめ ― 2007年03月06日 20時01分16秒

ネオデビルマンかと思った。
早乙女モンド、バイオレンスジャックの世界か。

_ ぎんなん ― 2007年03月06日 23時17分06秒

きのめさん、
デビルマン! 人間は全てデーモンなわけですねっ!!(本当か?)
実はデビルマンもバイオレンスジャックもちゃんと読んでない。あああー無知ー♪

_ mukamuka72002 ― 2007年03月07日 09時34分52秒

バイオレンスジャックは、ずばりぎんなんワールドですよ。いや、ぎんなんカフェか? 首がどんどんちぎれるので、楽しいでーす。

_ ぎんなん ― 2007年03月07日 13時30分23秒

mukaさん、
首がどんどんちぎれるのがぎんなんワールド?
……うん、外れてない。読んでみよう。今度ネット喫茶にでも行ったら、っていつだよー。

_ コマンタ ― 2007年03月08日 12時59分07秒

なつかし~、バイオレンスジャックによろしく!
ぼくは「モンスター」(浦沢直樹)を連想しました。

_ ぎんなん ― 2007年03月08日 16時58分15秒

コマンタさん、
> バイオレンスジャックによろしく!
ちょっとウケました(^_^)
「MONSTER」もやはり読んでいないんですが、評判を聞く限り、私が書きたいものとがっちり被る予感がしています。だから、ちょっと読むのが怖い。

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